山の高みから 谷の深みから
4楽章は下降音型が印象的なハ短調( C mol )の序奏で始まります。第1楽章と同じC mol は、2楽章と3楽章を経て一度は手に届くかに思えた安らぎを否定し、再び死の予感を投げつけます。
序奏の中間部、雷に打たれるような激情ののち、ハ短調の調整はハ長調へ変化すると、やがてホルンによる伸びやかで美しい旋律が姿を見せます。
これは、アルペンホルンの主題と呼ばれる旋律です。恩師ロベルト・シューマンの死後、その妻であり終生の憧れの人であったクララとその子供たちを連れてスイスに旅行に行ったときに二人で聞いた旋律であり、ブラームスがクララの49歳の誕生日に送った手紙にもこの旋律が記されました。そしてその手紙の旋律には歌詞がつけられていました。
「山の高みから 谷の深みから あなたに何千ものお祝いの挨拶を贈ります」
それは、思い出の地でこの旋律を聞いた二人だけにしかわからない秘密の暗号だったのでしょう。
アルペンホルンとトロンボーンの奏でる序奏が終わり、ハ長調のまま4楽章の第1主題が登場します。その後、音楽は第2主題とその展開に続き、激しいフーガの応酬へ経て、そしてソナタ形式の定石通り第1主題に回帰する。
・・・と思いきや。
彼が戻ってきたところは第1主題ではなく、序奏で提示されたクララへの想い「アルペンホルンの主題」でした。
死の予感、決して叶うことのない想いを経て、音楽は終結部・コーダへ突入。そして交響曲の最後を迎えて初めて、クララへの想い、その激情は頂点へと登りつめます。長きにわたる苦悩と激情から解放された魂は浄化され、その時きっとブラームスの魂はついにクララのもとに辿りついたのでしょう。
ブラームスはこの交響曲第1番の着想から完成にいたるまで、実に21年の月日を費やしました。この曲は多くの研究者がその内容について研究し解析を行っており、また、たくさんの方々がそれぞれ色々な解釈でこの曲に向きあっていることでしょう。やや偏った見方かもしれませんが、この曲の内面に込められたものは永きに渡って抱き続けた想いであり、そしてこの交響曲は人生をかけた壮大な愛の物語であると、私は感じています。
さて、本ブログでは10回の更新にわけて今回のDNAフィル第3回演奏会の曲目の解説を私的な見解を交えながらお話ししてまいりました。
序曲・魔弾の射手の物語と音楽をテーマに「呪いの二面性」について考察し、そしてオーケストラとファゴットのための協奏曲「炎の資格」では「ハウルの動く城」を題材に「炎=音に宿る命とその刹那性」について読み解いてみました。そして最後にブラームス交響曲第1番では、「心の浄化と魂の回帰」という視点で曲に込められた想いについて考えてみました。
これらの曲を並べて振り返ってみると、くしくもそこには3つの曲を貫く1つのテーマが隠れていることに気づきます。それぞれの曲に共通するテーマ、それは「命と向き合うこと」であり、そしてそれはすなわち「それぞれの人生と向き合うこと」とも言い換えられます。この3曲は私たちに「今をどう生きるか」という命題を問いかけているのではないでしょうか。
今週末、11月29日午後5時30分より出雲市民会館大ホールにて、DNAフィル第3回演奏会は開催されます。音楽を共にする刹那を皆様とご一緒できればと願ってやみません。どうぞみなさま万象繰り合わせの上お越しください。
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